浄福寺通り(読み)ジョウフクジドオリ

日本歴史地名大系 「浄福寺通り」の解説

浄福寺通
じようふくじどおり

裏門(うらもん)通と土屋(つちや)町通の間にあり、豊臣秀吉の京都市街改造後に開かれた。北は寺之内(てらのうち)通から、南は下立売(しもたちうり)通までを南北に貫通。「坊目誌」は通り名の浄福寺は元今出川御門近くにあり、元和元年(一六一五)本通の笹屋町通下ルの地に移転していることから、それ以降の名称とする。

江戸時代中期頃までは南北が短かったらしく、「京羽二重」は一条通まで、宝暦一二年(一七六二)刊「京町鑑」は出水(でみず)通までとする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む