浅岸村(読み)あさぎしむら

日本歴史地名大系 「浅岸村」の解説

浅岸村
あさぎしむら

[現在地名]盛岡市浅岸・つつじ(つつじ)が丘(おか)

盛岡城下の北東部から中津(なかつ)川の支流米内(よない)川の上流部にかけて東西に長く延びる、山間部を中心とした村。西は山岸(やまぎし)村・下米内村・上米内村、南は新庄(しんじよう)村、北は藪川(やぶかわ)村(現岩手郡玉山村)。当村西端部、中津川の加賀野(かがの)春木場の東六町ほどは城下に連なり、浅岸町と称された(盛岡砂子)。寛永一八年(一六四一)の検地高二〇一石余(「検地高目録写」県立図書館蔵)。正保国絵図に浅岸村、八五石余とある。天和二年(一六八二)の惣御代官所中高村付には蔵入高一九八石余とあり、七ヵ年平均の免は三ツ八分一毛。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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