浅羽氏(読み)あさばうじ

改訂新版 世界大百科事典 「浅羽氏」の意味・わかりやすい解説

浅羽氏 (あさばうじ)

武蔵,遠江の中・近世武家。《吾妻鏡》に遠江浅羽荘司宗信,浅羽三郎,同小三郎行光,五郎行長らがみえる。宗信は遠江国の有力者として源頼朝にくみし1181年(養和1)同荘内柴村および田所職の領有を認められた。浅羽三郎は86年(文治2)遠江守源義定父子と二俣山に狩りをしたことがみえ,国衙在庁関係者と推定される。《武蔵七党系図》では浅羽三郎行親の子として行光,行長があげられており《吾妻鏡》と通称が一致する。《新編武蔵風土記稿》はこれを同国入間郡浅羽を名字としたものと解し,《太平記》にも児玉党一族として浅羽があげられている。《寛政重修諸家譜》にみえる旗本の浅羽氏にはその先祖を遠江と武蔵とする2系があげられている。なお《遠江国風土記伝》によれば,江戸末期柴村に浅羽荘司宗信の子孫で慶長以来百姓となった伊藤善蔵なる者が住んでいたとされる。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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