浅羽(読み)あさは

精選版 日本国語大辞典 「浅羽」の意味・読み・例文・類語

あさは【浅羽・浅葉】

  1. 所在未詳の地名。埼玉県坂戸市の地とも、「和名抄」の「麻羽郷」の遺称とも、静岡県袋井市の地とも、長野県松本市浅間温泉の古名ともいわれる。
    1. [初出の実例]「紅(くれなゐ)の浅葉の野らに刈る草(かや)束の間も吾を忘らすな」(出典万葉集(8C後)一一・二七六三)

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日本歴史地名大系 「浅羽」の解説

浅羽
あさば

現浅羽町の中心部にあった浅羽庄内の地名。史料上庄園名ではなく地名として現れるのは戦国期になってからであり、海老江菊千代に宛てられた永禄三年(一五六〇)七月二〇日の今川氏真判物(海老江文書)によれば、遠州所々新田三ヵ所の一つとして浅羽五〇〇貫文とみえ、二三〇貫文のしばよりも新田開発が進んでいる。また翌年八月二日の同判物(同文書)にも八ヵ所の新田の内に「一所浅羽」とみえる。さらに同一二年正月二〇日付で徳川家康が小笠原清有に宛行った知行三ヵ所の内一ヵ所三二貫文は「浅羽之内」となっているが(「徳川家康判物」小笠原文書)、先の新田開発では小笠原氏も深く関与しているので、これも同様の地名であろう。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「浅羽」の意味・わかりやすい解説

浅羽
あさば

静岡県南西部、磐田郡(いわたぐん)にあった旧町名(浅羽町(ちょう))。現在は袋井(ふくろい)市の南部を占める地域。太田川下流東岸にあり、遠州灘(なだ)に面する。旧浅羽町は、1955年(昭和30)上浅羽、東浅羽、西浅羽、幸浦(さちうら)の4村が合併して浅羽村となり、翌1956年町制施行。2005年(平成17)袋井市と合併。国道150号が通じる。中世の浅羽庄(しょう)の地で、江戸時代には俗に浅羽一万石といわれ、遠江(とおとうみ)(静岡県)中部の穀倉地帯。温室メロン、トマト、中国野菜など施設園芸や養豚も盛んである。しかし最近では住宅地化が進行し、人口増加が著しいが、農業従事者は減少している。秋には、水田地帯の中に8万平方メートルのコスモス畑が出現する。また、浅羽海岸では観光地引網が行われている。万松院にキリシタン灯籠がある。

[川崎文昭]

『原田和著『浅羽風土記』(1957・美哉堂)』『『浅羽町史』全5巻(1996~2000・浅羽町)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「浅羽」の意味・わかりやすい解説

浅羽
あさば

静岡県南西部,袋井市南部の旧町域。遠州灘に面する。 1955年幸浦村,東浅羽村,西浅羽村,上浅羽村の4村が合体して 1956年町制。 2005年袋井市と合体。中世浅羽荘の地で,江戸時代に太田川河口の砂州を切り開き,排水土木工事によって水田地帯を開き,「浅羽一万石」と呼ばれる穀倉地帯をつくった。遠州灘沿いの砂丘地では,温室メロン栽培が行なわれる。北東部の小笠山丘陵斜面を利用して茶がつくられている。小笠山周辺に馬伏塚城址,団子塚古墳群などがある。一部は御前崎遠州灘県立自然公園に属する。

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百科事典マイペディア 「浅羽」の意味・わかりやすい解説

浅羽[町]【あさば】

静岡県磐田(いわた)郡,遠州灘に臨む旧町。米,麦,大豆を産する。温室メロン,茶の栽培も盛んで,畜産も行う。近年都市化が進んでいる。2005年4月袋井市へ編入。28.46km2。1万8921人(2003)。

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改訂新版 世界大百科事典 「浅羽」の意味・わかりやすい解説

浅羽 (あさば)

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