コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

浅野氏祐 あさの うじすけ

2件 の用語解説(浅野氏祐の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

浅野氏祐 あさの-うじすけ

?-1900 幕末-明治時代の武士,士族。
幕臣。目付をへて文久2年(1862)神奈川奉行,翌年外国奉行をかねる。慶応元年陸軍奉行となり,勘定奉行,若年寄などを歴任した。維新後は静岡県参事,徳川家の家令をつとめた。明治33年1月8日死去。通称は次郎八,一学。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

浅野氏祐

没年:明治33.1.8(1900)
生年:弘化3?(1846)
幕末の幕臣。安政3(1856)年小姓組に入り,万延1(1860)年使番から目付となる。翌文久1(1861)年蕃書調所御用取扱,講武所取扱などを経て諸大夫に列し伊賀守を称す。翌2年大目付,神奈川奉行,3年勘定奉行格兼外国奉行となるが,免職。神奈川奉行在任中の「不平之儀」により隠居・蟄居。のち許され,慶応1(1865)年陸軍奉行並となり,美作守と改称。その後,外国奉行,勘定奉行,若年寄並兼陸軍奉行を務め,明治1(1868)年江戸開城後は徳川慶喜に従い水戸(茨城県)へ,さらに徳川家達の静岡移封に従う。翌2年静岡藩権大参事,次いで静岡県参事に任じられたが,5年辞任。23年から28年まで侯爵徳川家の家令を勤めた。

(岩壁義光)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

浅野氏祐の関連キーワード堀利堅北大路説光北小路説光小姓組跡部良隆池田長顕(1)勘兵衛黒川正増戸田重種戸田忠明

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone