浜新町(読み)はまじんまち(しもじんまち)

日本歴史地名大系 「浜新町」の解説

浜新町(下新町)
はまじんまち(しもじんまち)

[現在地名]四日市市中部ちゆうぶ元新もとしん町・沖の島おきのしま町・新々しんしん町・しん

四日市町の南東にあり、西は中新なかじん町、北は四ッ屋よつや(四ッ屋新町)、東はしん丁。上新かみじん町から海岸へ通ずる東西の道沿いに発展した町。旧版「四日市市史」によれば、寛文年間(一六六一―七三)には亀屋かめや町といい、元禄期(一六八八―一七〇四)に下新町とあり、文化年間(一八〇四―一八)には浜新町と称し、その後再び下新町といったとある。延享二年(一七四五)の四日市古絵図写(四日市市立図書館井島文庫蔵)、明和五年(一七六八)の四日市町絵図(同文庫蔵)では、いずれも「下新町」。


浜新町
はましんまち

[現在地名]兵庫区中之島なかのしま一丁目

寛政八年(一七九六)兵庫津各町家数人数書上(安田家文書)にはみえず、文久二年(一八六二)の兵庫津絵図(早稲田大学図書館蔵)船大工ふなだいく町の東側浜寄りに町並が描かれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む