浪之上村(読み)なみのうえむら

日本歴史地名大系 「浪之上村」の解説

浪之上村
なみのうえむら

[現在地名]豊橋市牛川うしかわ

牛川村の北、暮川くれがわ村の東に接する。近世を通じて吉田藩領。三河国吉田領人馬役割帳(島原市本光寺蔵)に載る慶長九年(一六〇四)検地では「浪の上村」として高一七四石余。享保一〇年(一七二五)二川宿助郷帳(橋良文庫蔵)には村高二二二石のうち助郷高一七三石で、二川ふたがわ宿まで一里一〇町。正徳二年(一七一二)差出帳(正円寺文書)によると、戸口は二二戸、二〇三人。年貢米津出しは御馬おんま(現宝飯郡御津町)であった。田畑肥料は一反につき干鰯五、六俵を投入し、干鰯高値の折には油かすを使用している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む