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二川 ふたがわ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

二川
ふたがわ

愛知県南東部,豊橋市の一地区。東海道の旧宿場町。 1906年町制。 55年市に編入。 1880年頃から玉繭から作る玉糸製糸が普及し,1920年頃まで栄えた。第2次世界大戦後は酪農養鶏,野菜栽培などが盛んであったが,60年頃から内陸工業地域の中心となり,電気,繊維,食品工業などが行われる。

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百科事典マイペディアの解説

二川【ふたがわ】

愛知県豊橋市の地名。江戸時代には東海道の宿駅で,品川宿から数えて34番目。三河国東端の宿駅で,白須賀(しらすか)宿(現静岡県湖西市)まで1里17町,吉田宿まで1里半2町。

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世界大百科事典 第2版の解説

ふたがわ【二川】

三河国(愛知県)東端の東海道の宿駅。宿駅の規模は小さく,二川,大岩の2ヵ村で1宿分の機能を果たした。当初は両村が12町ほど隔たっていたが,1644年(正保1)二川が大岩地内へ移転し,大岩村は加宿に指定された。移転後の問屋場は一時期を除き二川,大岩の2ヵ所に設けられた。1843年(天保14)の家数は328軒で,そのうち本陣・脇本陣が1軒ずつ,旅籠屋が38軒あった。1955年豊橋市に合体。【渡辺 和敏】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

二川
ふたがわ

愛知県南東部、豊橋(とよはし)市の一地区。旧二川町。旧東海道の宿駅として栄えた。1864年(元治1)の『二川宿軒並図』によると、旅籠(はたご)31、本陣、脇(わき)本陣各1、茶屋6となっている。旧本陣馬場家保存の『二川本陣宿帳』33冊は県指定民俗文化財である。馬場家の表門、玄関棟、中二階や連子格子(れんじこうし)をもつ主屋も残る。[伊藤郷平]

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