涌島古代子(読み)ワクシマ コヨコ

20世紀日本人名事典 「涌島古代子」の解説

涌島 古代子
ワクシマ コヨコ

大正・昭和期の小説家



生年
明治30(1897)年

没年
昭和10(1935)年

出生地
鳥取県気高郡気高町

本名
涌島 コヨ

旧姓(旧名)
田中

学歴〔年〕
鳥取技芸女学校中退

主な受賞名〔年〕
大阪朝日新聞社懸賞小説二等〔大正10年〕「諦観

経歴
大正時代のはじめ頃から「女子文壇」「女学世界」などに短歌散文を投稿。大正4年郷里鳥取県の「山陰日日新聞」記者となる。その傍ら、文芸誌「我等」の同人としてさかんに文章を執筆した。10年には「大阪朝日新聞」の懸賞小説に応募した「諦観」が二等に入選。さらに、ジャーナリスト・涌島義博と結婚ののち上京し、「大阪朝日新聞」や「中央新聞」で小説を連載。中央文壇での活躍を嘱望されたが、昭和7年病気のため帰郷し、晩年は求めに応じて短歌などを寄稿した。作品は他に、「煙草」「実らぬ畑」などがある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「涌島古代子」の解説

涌島古代子 わくしま-こよこ

1897-1935 大正-昭和時代前期の小説家。
明治30年生まれ。鳥取技芸女学校中退後,大正4年山陰日日新聞の記者となる。10年「大阪朝日新聞」懸賞小説に「諦観」が2等入選。ジャーナリストの涌島義博と結婚し,13年上京。「大阪朝日新聞」に「煙草」を連載するなど活躍したが,昭和7年帰郷。昭和10年死去。39歳。鳥取県出身。本名はコヨ。筆名は北浦みほ子。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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