散文(読み)サンブン

デジタル大辞泉 「散文」の意味・読み・例文・類語

さん‐ぶん【散文】

韻律や定型にとらわれない通常の文章。⇔韻文
[類語]文章ぶん書き物一文いちぶん文言もんごん編章詞章詞藻文辞ぶんじ文藻文体文面章句書面

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精選版 日本国語大辞典 「散文」の意味・読み・例文・類語

さん‐ぶん【散文】

  1. 〘 名詞 〙 押韻や一句の字数のきまりのない文章。詩、和歌、俳句など、韻律に規制されたり字数に制限があったりする韻文に対して、通常の文章をいう。散語。⇔韻文
    1. [初出の実例]「対文には父の字は生たをやぞ。死したには、考の字をかくぞ。然れども散文には、どれをもかくぞ」(出典:土井本周易抄(1477)二)
    2. 「散文と云は、字数不定、平仄韻章、もとより、かまひなし」(出典:操觚字訣(1763‐73)一)

ちらし‐ぶみ【散文】

  1. 〘 名詞 〙ちらしがき(散書)
    1. [初出の実例]「水は巴の字をきっぱりと〈吟行〉 月の色なを染出してちらし文〈西習〉」(出典:俳諧・西鶴大矢数(1681)第一二)

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改訂新版 世界大百科事典 「散文」の意味・わかりやすい解説

散文 (さんぶん)

定型や韻律をもった文章,すなわち韻文に対して,定型や韻律にとらわれず,屈折自在で端的に事実を記述する文章をいう。英語のプローズproseにあたるが,その語源はラテン語プロルススprorsusで,〈まっすぐ〉〈平明〉の意である。したがって〈散文的〉といえば,語感や抑揚に富み,感情や心象の躍動に満ちた詩に対して,しばしば無味乾燥で陳腐な事物の形容に用いられる。ヘーゲルはこの意味の散文的現実の出現に,近代社会の一特徴をみており,ルカーチもその思想を受け継いで,資本主義社会における散文的現実と詩的理想の分裂に,近代芸術の困難な運命と課題をみている。事実,ヨーロッパ各国で散文の発達は韻文よりはるかに遅れ,この俗談平語の文章が韻文に比肩する地位をもつにいたったのは,ようやく18世紀ころである。そしてその背景には,市民生活の拡大と分化,それに伴う未知の事実への興味や実践道徳の関心,ジャーナリズムの発達など,散文的現実の台頭があったことは否定できない。

 19世紀以後,散文は小説やエッセーという形式と相携えて,近代文学の主役として発達した。散文は外形的な規範から最も自由な文章であるだけに,明晰(めいせき)な観念と,事物と言語との正確な対応を目ざす,緊張した精神を必要とする。ここに文体についての自覚や,国語の純化という意識に支えられた散文革命がおこる。散文の独特な品質は,詩や雄弁術との対比のもとに,多くの文人によって語られているが,バレリーは詩を舞踏に,散文を歩行にたとえ,前者では過程そのものが問題であるのに,後者では事実にまっすぐに到着することが目的だ,という。散文では,言語という手段を純粋な機能だけに限定するために,簡潔,平明,的確などが貴ばれる。スタンダールが法典の無味乾燥な文体を散文の理想としたことは知られているが,彼はロマン派の修飾や連想や色彩に満ちた文章に対して,非情で正確な抽象語のうちに,人間情熱のあらゆるもつれを冷酷に解析するための用具をみたのである。したがって事物そのものの堅固さに達しようとしながら,彼の散文は極度に抽象化され,記号化されている。アランが,詩は人物と事件を現実の時間のうちに生動させるとすれば,散文はかえってこれから引き離し,事件から情念へ,情念からその原因へとさかのぼることができる,と述べ,サルトルが,詩は言語を〈もの〉として,外的世界の一つの構造としてみるのに,散文は言語を符号として,対象に達する道具としてみる,と語っているのは,この間の消息を伝えている。したがって平明直截な散文を支える秩序は,詩語それ自身の秩序ではなく,事物と人間行動の重層的な秩序である。

 しかし,スタンダールに始まる近代分析小説は,その写実的信条を徹底させていく過程で行動のモーメントを見失い,ここに没主観的な文体のメカニズムが散文を支配し始める。フローベール以後の散文は,こうして人間と事物の具体性から離れた,表現の過剰に悩んでいるといってよい。
小説
執筆者:

散文の理論的な究明は,シクロフスキーなどのロシア・フォルマリズムの文学研究に端を発したが,M.M.バフチンによって独自の展開を遂げた。バフチンは,フォルマリズムの散文研究が,詩的言語論を前提としその適用によって散文を位置づけようとするのに反対し,散文と詩における言語機能の基本的な違いに着目する。バフチンは,狭義の〈詩的ジャンル〉が,言語の単一性と中心化,いわば求心力の方向に沿って発展してきたのに対して,〈小説〉にたどりつく〈散文の諸ジャンル〉の形成は,言語の脱中心化,いわば遠心力の方向に沿ってなされたとする。彼によれば,散文は〈対話的定位〉という言葉の本質的機能の一つに基づく表現形式である。すなわち,対象に向かおうとする散文の言葉は,他者の言葉が対話的に渦巻いている緊張した環境の中に織り込まれ,ある言葉とは合流し,ある言葉とは反発し合い,またある言葉とは交差しながら,その過程で自己の意味と表現に近づき,自己の文体の形式化を実現する。言葉のこの〈対話的定位〉は,同一言語の領域内の相異なる言表の間に,また同一国語の領域内の相異なる〈社会的言語〉の間に,そして最後に同一の文化,同一の社会・イデオロギー的視野の領域内の相異なる国語の間にみられる。散文の諸ジャンルは,こうしたさまざまな異質な言語の組織化によって形成されるが,バフチンは,その典型を,公式の規範的な言表が民衆の俗語と混交し転倒され,大道芸人の口上や呼び声をはじめ広場の民衆の多様な声が形式を与えられる〈カーニバルの言語〉に見いだし,さらにその芸術的な表現をラブレードストエフスキーの諸作品に見ている。バフチンの著作は,60年代半ば以降西欧に紹介され,散文の研究を近代小説という狭い枠組みから一挙に解き放つきっかけとなった。そればかりでなく,言語活動の根源に光をあてる彼の散文理論は,記号論,構造主義,マルクス主義等の思潮に大きな影響を与え,T.イーグルトン,H.ホワイト,J.クリステバなど,文芸批評から歴史理論,精神分析にいたる多様なジャンルの批評家の理論的活動の根拠となっている。
執筆者:

広義と狭義の2種があり,前者は韻文の対語として用い,後者は詩歌・戯曲・小説と並ぶ文学の一ジャンルであり,また小品文と呼ぶ人もある。中国の狭義の散文は歴史的には後漢の末に駢文(べんぶん)が発生してから,とくに区別する必要上用いられるようになった。それより前にはただ単に文と呼ばれていたのである。それでは六朝以降今日まで,散文の名称が定着していたかといえばそうではない。中唐における韓愈,柳宗元古文運動では,復古のスローガンを掲げて文体改革が実現した。2人は彼らの書く新散文を古文という名で呼んだ。したがって中国文章史上の古文は,中唐以降の古文を指す場合が多い。秦・漢以前の文を区別して先秦古文と呼ぶこともある。文学革命までの散文と古文は,ほとんど実体は同じである。文学革命により古文が否定されてからは,現代の口語の文章をも散文と呼ぶようになったのである。
白話文運動
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「散文」の意味・わかりやすい解説

散文
さんぶん
prose 英語
prose フランス語
Prosa ドイツ語

普通の文章の意。散文の「散」というのは、この場合、制限がない、という意味で、詩歌のように字数や韻律やによって規制されることのない文のことである。日用の記述・説明の文をはじめとして、公用・私用のあらゆる文章から文学的な文章に至るまでが、ここに含まれる。なおproseには、平凡なこと、常套(じょうとう)事、または平凡な文章や議論、などの意味もあり、Prosaにも無趣味・殺風景の意味がある。さらに形容詞として「散文的」prosaic, prosaïque, prosaischという場合には、単に「散文の」というだけの意味で使われる場合もあるが、普通には、詩趣のない、趣味のない、とか、退屈な、平凡な、俗悪な、無味乾燥な、とかという意味で使われる。つまり、散文的ということばは、詩的な美しさや人間的な感情の高揚や奔放なイマジネーションなどとは、まったく対立的なものということになっている。「散文的な生活」という場合には、生活が前記のような意味で散文的だということである。

 けれども、散文的ということばはそういうふうに使われようと、散文そのものは、つねにそういうふうに散文的だとは決まっていない。もちろん、散文のもっとも普通の形としては、非文学的な説明や記述による文書的表記一般としてのそれがあり、このほうが多いのだが、これに対して文学的表現(韻律の制約を受けぬ)としての散文が一方にあって、文学作品に限らず、諸種の文章表現のなかにそれはみいだされる。とくに小説のなかにそれは独特な形を示しており、『散文芸術の位置』(1924)での広津和郎(かずお)の散文精神論が示すように、散文による芸術を高く評価して、「結局、一口でいえば、沢山(たくさん)の芸術の種類の中で、散文芸術は、すぐ人生の隣りに居るものである。右隣りには、詩、美術、音楽というやうに、いろいろの芸術が並んでゐるが、左隣りはすぐ人生である。」とする。人生の、散文による客観的な追求がたいせつで、ロマンチックになるかわりに、泥まみれになり傷を負いつつも人生の真実をどこまでも掘り下げて明らかにしてゆく、というのがこの論である。これは日本独特のものだが、散文の性質の一面を存分に展開するとこうなる。こういうものを散文は潜めているということになろう。

小田切秀雄

『広津和郎著「散文芸術の位置」(『広津和郎全集 第9巻』所収・1974・中央公論社)』『河盛好蔵・桑原武夫責任編集『アラン/ヴァレリー集 芸術論集/他』(『世界の名著66』所収・1980・中央公論社)』『シクロフスキー著、水野忠夫訳『散文の理論』(1971・せりか書房)』

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百科事典マイペディア 「散文」の意味・わかりやすい解説

散文【さんぶん】

韻律・字数などの制限のない,普通の文章をいう。韻文の対。英語のproseはラテン語のprorsus(まっすぐ,平明の意)を語源とする。無味乾燥なもののことを〈散文的〉ともいう。一般に散文は韻文よりも遅れて発達し,小説エッセーが文学の主役となったのは19世紀以降のことである。M.M.バフチンによって散文の理論的位置づけがなされた。
→関連項目サテュリコン散文詩詩劇自由詩ソフロンノンフィクションロマンス

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「散文」の意味・わかりやすい解説

散文
さんぶん
prose

文章形式の一つ。形式的には,韻律をもたない点で韻文と対比される。主として簡明で理性ないし事実に即した内容をもち,この点で詩と対比されるが,詩的内容をもった散文もあるので,両者の区別は必ずしも明確でない。修辞よりも意味が重視され,文法的な正確さが要求される。したがって通常の会話は散文とはいえない。ギリシアでもローマでも,散文は歴史,地誌,哲学など主として非純文学的な内容をもつものに用いられた。ギリシアではヘロドトス,ツキジデス,プラトン,アリストテレス,ローマではキケロ,カエサル,リウィウスなどが代表的散文家である。イギリスやフランスでは散文はまず法律文書に用いられ,次いで年代記,旅行記,さらに聖書の翻訳や説教書などにも用いられるようになった。ルネサンス期に入ると,文学にも使われはじめ,ラブレーの『ガルガンチュアとパンタグリュエル』,T.モアの『ユートピア』などの作品が現れた。劇はもとは韻文で書かれるのを原則とし,散文は下層階級の人物,道化,狂人など,通常の規範からはずれた人物のせりふに限られていたが,18世紀以後,まず喜劇が,次いで悲劇が,散文のみで書かれることが多くなった。一方,散文による文学論やエッセーなどの形式も 17世紀から盛んになり,モンテーニュらがすぐれた作品を残した。しかし,散文と最も密接に結びついた文学形式は,18世紀以後に急激に発展した小説である。現代では詩の多くが韻文で書かれているのを除けば,内容が文学的であるか否かを問わず,あらゆる文章表現は散文の形をとるのが通例である。

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普及版 字通 「散文」の読み・字形・画数・意味

【散文】さんぶん

文章。

字通「散」の項目を見る

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世界大百科事典(旧版)内の散文の言及

【韻文】より

…その言語に特有の韻律の規則に従い,詩の行を形づくるように配慮して書かれた文章。この配慮のない文章を〈散文prose〉と呼ぶが,その対語としての〈韻文〉は事実上は〈詩行〉と同語である。韻律の規則を守るといっても,韻文を一読してただちにそれと認知する特徴は,韻よりもむしろ律,すなわちリズムにあると考えられる。…

【日本文学】より

…すなわち文学とは言語芸術である。しかしこの種の理論の多くは,詩を説明するのに有効で,散文を扱うのにそうでない。しかるに文学作品の範囲を定めるのに実際的な困難を生じるのは,主として散文に関してである。…

【文学】より

翻訳という手段はあるが,文学は音楽,造形美術,映画ほど直接に他民族に働きかけえないものである。 文学は詩と散文に二大別されるが,この区別がとくに強調されるのは近代に入ってからである。近代科学が社会を大きく変化させるにつれて,人間文化のあらゆる領域がレトリックの制約を脱して,科学をモデルとする傾向を生じた。…

※「散文」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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