淡路屯倉(読み)あわじのみやけ

日本歴史地名大系 「淡路屯倉」の解説

淡路屯倉
あわじのみやけ

「日本書紀」仲哀天皇二年二月条に「即月に、淡路屯倉を定む」、「古事記」の仲哀天皇段に「此の御世に、淡道の屯家を定めたまひき」とある。現榎列大榎列えなみおえなみには屯倉みやけ神社があり、屯倉の所在地の中心部を示唆する。皇室直轄の地として三原平野に産する穀物等を納める倉庫や、田地山野が定められたのであろう。「万葉集」巻六、山部赤人の歌に「御食つ国 日の御調と 淡路の 野島海人の 海の底 奥つ海石に 鰒珠 さわに潜き出」と歌われた海産物や、山野の鳥獣も豊富な地であり、これらも貢上されたであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む