清善寺
せいぜんじ
[現在地名]行田市忍二丁目
所在地は、江戸時代の行田新町と城内内行田との間にあたるが、佐間村の飛地であった。曹洞宗、平田山と号し、本尊は釈迦如来。本寺は現熊谷市の龍淵寺であった。開山は同寺五世の大応宗佐。宗佐は天文六年(一五三七)八月二一日に没している。開基は、忍城主成田長泰の弟成田刑部少輔顕忠(雄功院殿信圃全忠禅定門)といい、永正一六年(一五一九)五月八日に没した。開創は天文三年三月二七日とも伝えられるが、龍淵寺年代記(東京大学史料編纂所蔵影写本)によると宗佐は永正八年に当寺から龍淵寺へ入院しているので、それ以前であることがわかる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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