清洲宿(読み)きよすじゆく

日本歴史地名大系 「清洲宿」の解説

清洲宿
きよすじゆく

美濃路の宿駅。名古屋宿より二里、稲葉いなば宿(現稲沢市)へ一里半。清洲宿は慶長五年(一六〇〇)西市場の伝馬にしいちばのてんま町に設けられたが、これは清須越しとともに廃止となった。元和二年(一六一六)内北市場の桑名うちきたいちばのくわな町に改めて設けられたが、寛文八年(一六六八)大火で宿駅の施設が焼失したので、神明しんめい町に三たび移された(清洲町史)五条ごじよう橋より本陣の北、八神街道筋までを宿内といい、この間に旅籠や商家があった。宿内の人口は三三九人。宿内の町並廻間はさま分に属した。本陣は林惣兵衛。脇本陣が櫛田源兵衛・伊藤甚左衛門の二軒であったが、幕末には伊藤氏は廃している(徇行記、清洲町史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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