渋川則休(読み)しぶかわ のりよし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「渋川則休」の解説

渋川則休 しぶかわ-のりよし

1717-1750 江戸時代中期の暦算家。
享保(きょうほう)2年生まれ。渋川敬尹(ひろただ)の長男。渋川家4代敬也(ひろなり)の養子。享保12年(1727)11歳で幕府天文方となる。寛延3年西川正休(まさよし)とともに京都で陰陽頭(おんようのかみ)土御門泰邦(つちみかど-やすくに)と改暦の交渉にあたるが,桜町上皇死去のため中断した。寛延3年8月24日死去。34歳。江戸出身。通称六蔵

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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