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均役法 きんえきほうKyunyǒk-pǒp

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

均役法
きんえきほう
Kyunyǒk-pǒp

朝鮮,朝鮮王朝 (李朝) 時代の税法英祖 28 (1752) 年に,軍事費を維持し,国民の租負担の軽減と平均化をはかるために定めた。朝鮮王朝では中宗 (在位 1506~44) 代以降,一般良民に兵役の代価として,16~20歳までの男子から1年に布2匹 (軍布) を徴収していた。しかし自作農民たちも書院に所属するなどのあらゆる方法で脱税し,事実上,軍布納付者は貧困者だけになった。また徴布方法においても死者や赤子からも布をとる,いわゆる白骨徴布,黄口簽丁 (せんちょう) などの弊害が起きた。この対策として,英祖 26 (1750) 年に均役庁をおき,軍布を半減して1匹と定め,その不足額を漁場税,塩税,船舶税の徴収と隠し田の摘発,軍役逃避者からの徴布などで補充することにした。しかし,それだけでは不十分であったため,同 28年に均役法を公布した。その内容には上記の諸税のほかに,西北両道以外の6道の田1結に2斗あるいは5銭を課す結米と,凶作用備蓄の穀物中 10万石を軍用米とし,その半分を売買して利殖をはかることとした。この税法は朝鮮の財政史上注目すべきものであった。

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世界大百科事典 第2版の解説

きんえきほう【均役法】

朝鮮,李朝で1750年に行われた軍制財政改革大同法と並ぶ大改革の一つ。李朝では両班(ヤンバン),奴婢以外の一般民衆(常民,良人)の成年男子は軍役を課された。はじめは正軍1名と保(奉足)3~5名で1役戸を編成し,出役する正軍に保が納布して正軍の家計を支える体制をとった(戸保上番制)。しかし李朝後期になると,重要な中央軍の一部には戸保上番制が残されたが,全般に綿布だけを役所に納める軍役(納布軍)が増大した。

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大辞林 第三版の解説

きんえきほう【均役法】

朝鮮王朝において、1750年に実施された軍制・財政改革。軍役の代わりに納付する綿布の量を半減し、減収分を土地税・海税・隠田摘発などにより補うもの。

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