湧川村(読み)わくがーむら

日本歴史地名大系 「湧川村」の解説

湧川村
わくがーむら

[現在地名]今帰仁村湧川わくがわ呉我山ごがやま

天底あみすく村の南に位置し、東は海(羽地内海)に面する。当地山間にはかつて呉我ぐがー村・我部がぶ村・振慶名ぶりきな村・松田まつだ村・桃原とーばる(現名護市)の五ヵ村があった。この五ヵ村は当初今帰仁なちじん間切の管轄であったが、一六九〇年頃に間切の境界が変更され(方切)羽地はにじ間切の管轄となった。一七三六年に蔡温が各地の山林を巡検した時には五ヵ村が一所に集存して農地は狭く、ややもすれば山林を焼いて農地とするような状態であった。そこでこの五ヵ村を現名護市域の羽地間切の地に移し、跡地の山林は山林が少なかった今帰仁間切に付すこととした(「球陽」尚敬王二四年条など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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