湯前城跡(読み)ゆのまえじようあと

日本歴史地名大系 「湯前城跡」の解説

湯前城跡
ゆのまえじようあと

[現在地名]湯前町 下城・野首

北を球磨川、南をみやこ川によって仕切られ、市房山いちふさやま神宮(現水上村)の遥拝所である里宮の北側背後にある丘陵地に立地する中世城跡。山頂部分は楕円形をした平坦地(八〇×七〇メートル)となっている。東側鞍部から山の斜面を下り里宮の南側に至る、長さ二〇〇メートルにも及ぶ堀切が見られる。堀幅は広い所で三〇メートルほどに達し、堀底は二段構えをなす。周辺には自然の崖や人工の堀を巡らし堅固な城となっている。南側の麓の集落加古井かこいと称し、そのほか下城したじようみず古城ふるじよう上城かみじよう蔵坂くらざか三助小路さんすけこじなどの小名が残る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む