湯宿村(読み)ゆじゆくむら

日本歴史地名大系 「湯宿村」の解説

湯宿村
ゆじゆくむら

[現在地名]新治村布施ふせ新巻あらまき

布施村北西赤谷あかや川沿いに位置し三国街道が通る。貞享三年(一六八六)酒井河内守検地により、布施村内湯宿耕地と新巻村分の出作部分が湯宿村として分出されたものというが(郡村誌)、万治二年(一六五九)沼田藩領分書上写に村名がみえ、高五斗九升。寛文郷帳でも同高、うち田方二石余・畑方二石余。寛文三年(一六六三)沼田藩領新検地控では二六石余。貞享二年の沼田藩領再検地控では七石余。江戸後期の御改革組合村高帳では家数三四、幕府領

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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