湯島天神下同朋町(読み)ゆしまてんじんしたどうぼうまち

日本歴史地名大系 「湯島天神下同朋町」の解説

湯島天神下同朋町
ゆしまてんじんしたどうぼうまち

[現在地名]文京区湯島ゆしま三丁目

湯島天神の東方に位置する。下谷広小路(現台東区)から西に折れる道の両側町。ただし、町の西側および南半のうちの南側は片側町。北は下谷御数寄屋したやおすきや(現同上)、南は上野新黒門うえのしんくろもん(現同上)、東は上野町一丁目と上野北大門うえのきただいもん(いずれも現同上)、西は門奈伝十郎など旗本屋敷町立ての年代は不明だが、沿革図書によれば延宝年間(一六七三―八一)にはすでに町立てされている。しかし「新撰東京名所図会」は天和―元禄年間(一六八一―一七〇四)に幕府坊主衆の拝領地となり、町立てされたとする。文政町方書上によれば、町内は南北が六一間余、東西が四二間余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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