日本の城がわかる事典 「源経基館」の解説 みなもとのつねもとやかた【源経基館】 埼玉県鴻巣市にあった古代または中世の城館。平安時代中頃の武蔵国司で、平将門を追討したことで『将門記』にも登場する源経基(清和天皇の孫にあたる)の館という伝承があるほか、扇谷上杉氏被官の箕田氏の城跡ともいわれてきた(『新編武蔵国風土記稿』)。ただし、これらを裏付ける史料や遺物などは現在のところ発見されていない。このため「伝源経基館」とも呼ばれる。『鴻巣市史 通史編1』によれば、この城館跡は東西95m、南北85mの方形で、西側を除く三方が土塁と空堀で囲まれた単郭式の城郭だった。北東と南東角には横矢があり、北側には物見台・櫓(やぐら)台跡と推定される遺構も見つかっている。現在、城館跡は市立の城址公園(城山ふるさとの森)になっている。歴史的な背景については不明なところが多いが、遺構は良好な保存・整備がなされている。JR高崎線鴻巣駅から徒歩約20分(約1.3km)。または同駅からバスで馬室下車、徒歩約15分(約1km)。◇箕田城、大間城、城山、浅間山とも呼ばれる。 出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報