滄浪園(読み)そうろうえん

日本歴史地名大系 「滄浪園」の解説

滄浪園
そうろうえん

[現在地名]八千代町土師

中土師なかはじの岡崎氏宅にあった庭園で、天明年間(一七八一―八九)の作庭と推定されていた。近景錦字きんじ池を中心に、池を隔てた南・西の二方築山を連ね、随所に石組を作り枯滝を落し、橋梁をかけ灯籠を据え、各種の樹木を植え名木奇石をあしらっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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