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滋野井公澄 しげのい きんずみ

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美術人名辞典の解説

滋野井公澄

江戸中期の有職学者。権大納言永敦の末子、右中将滋野井実光養嗣子。初名は兼成、五松軒と号する。正二位権大納言に至り、致仕後落飾して法名を良覚という。吉見幸和門。有職四天王の一人。著書に『管見野水抄』三巻がある。宝暦6年(1756)歿、86才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

滋野井公澄 しげのい-きんずみ

1671*-1756 江戸時代中期の公卿(くぎょう),有職(ゆうそく)家。
寛文10年11月21日生まれ。高倉永敦の子。滋野井実光の養子。宝永元年参議,享保(きょうほう)5年(1720)権(ごんの)大納言となり,のち正二位にすすむ。霊元上皇に院評定衆としてつかえる。野宮(ののみや)定基らとともに有職四天王とよばれた。宝暦6年7月25日死去。87歳。初名は兼成。号は五松軒。著作に「羽林類葉抄」「管見野水抄」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

滋野井公澄

没年:宝暦6.7.25(1756.8.20)
生年:寛文10.11.21(1671.1.2)
江戸中期の公家。高倉永敦の子で滋野井実光の養子となる。初め兼成。享保5(1720)年6月2日権大納言に任じられ,同8年辞す。翌9年正二位に叙せられる。この間,宝永6(1709)年より享保9年まで霊元上皇に院評定衆として仕えた。同16年出家。法名良覚。元禄3(1690)年より享保6年に至る自筆の日記『公澄卿記』26冊があるほか,有職故実に詳しく,『羽林類葉抄』『松蔭拾葉』『簾中装束抄』などを書き残している。孫の公麗も公澄を師として有職故実に関する多くの著作を残している。

(藤田恒春)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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