野宮(読み)ののみや

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

野宮
ののみや

能の曲名。本三番目物の一つ。各流現行。金春禅竹作ともいう。旅僧 (ワキ) が嵯峨野の野宮の旧跡を訪れ,一人の女 (前シテ) と会う。女は光源氏がこの野宮に六条御息所を訪問したことなどを語り,鳥居の陰に消える (中入) 。夜になり,弔いをする僧の前に車に乗った御息所の幽霊 (後シテ) が現れ,車争いのことなどを語り,昔を回想して舞を舞う (序の舞) 。小書 (こがき) に「合掌留」 (観世宝生金剛喜多) ,「火宅留」 (観世,金春,金剛) ,「車出」 (宝生,金剛,喜多) ,「甲之掛」 (金剛) ,「破之舞之伝」「留之伝」 (金春) がある。『源氏物語賢木,葵巻による。

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デジタル大辞泉の解説

の‐の‐みや【野宮】

皇女や女王が斎宮斎院になるとき、潔斎のため1年間こもった仮の宮殿。斎宮のものは嵯峨、斎院のものは紫野に設けた。

ののみや【野宮】[謡曲]

謡曲。三番目物源氏物語に取材。六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の霊が現れ、葵(あおい)の上光源氏の愛を奪われた悲しい思い出を語り、舞をまう。

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世界大百科事典 第2版の解説

ののみや【野宮】

伊勢の斎宮(さいぐう),賀茂の斎院(さいいん)に移る前に斎王が潔斎のために入る所。伊勢の斎宮の場合は京で3年潔斎するが,卜定(ぼくじよう)されるとまず宮城内の初斎院,次いで野宮に約1年ずつ入り,その後伊勢に向かった。《延喜式》によれば,野宮は斎王ごとに宮城外の浄野を卜定するとあり,一定していなかった。しかし嵯峨野や西院に設けられることが多く,両所に野々宮神社として残っている。賀茂の斎院の場合は,初斎院で3年潔斎ののち,3年目の4月に紫野(むらさきの)などに設けられた,野宮の斎院に入り,その年の賀茂祭の祭事に供奉した。

ののみや【野宮】

能の曲名。三番目物。鬘物(かつらもの)。作者は不明。シテは六条御息所(ろくじようのみやすどころ)の霊。旅の僧(ワキ)が京都嵯峨野の野宮の旧跡を訪れると,若い女(前ジテ)が来かかり,この野宮は,昔,六条御息所が伊勢の斎宮(さいぐう)となった息女とともに籠った所だと話して聞かせる。御息所は,皇太子妃としてときめいた女性だったが,夫に死別し,その後に愛を得た光源氏からも見捨てられて,昔に変わる寂しい身の上となり,涙ながらに伊勢へ赴いたのだという(〈クセ〉)。

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大辞林 第三版の解説

ののみや【野宮】

能の一。鬘物かずらもの。嵯峨野の宮の旧跡を訪れた旅僧の前へ六条御息所の霊が現れ、賀茂の祭に葵の上と車争いをして敗れたことを語り、源氏の君と契った昔を回想して語り舞う。

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精選版 日本国語大辞典の解説

の‐の‐みや【野宮】

[1] 〘名〙
① 伊勢神宮の斎王(斎宮)の潔斎所。皇女または女王が斎王となる時、宮城内の初斎院で潔斎した後、城外においてさらに、伊勢の斎宮に移るまでの一年間、潔斎のためにこもる宮殿。黒木の鳥居を設け、柴垣をめぐらし、質素に作る。京都嵯峨野にあった。→斎宮
※類聚国史‐四・伊勢斎宮・延暦一六年(797)八月甲戌「斎内親王祓于葛野川、即移入野宮
② 賀茂神社の斎王(斎宮)の潔斎所。皇女または女王が斎王となる時、宮城内の初斎院で三年間潔斎した後、神社へ参る前に移る宮殿。京都紫野の東にあった。→斎院
※三代実録‐元慶四年(880)四月一一日「賀茂斎内親王臨於鴨水解禊。即便入紫野院。〈略〉三年斎之後、去年可野宮
[2]
[一] 京都市右京区嵯峨野々宮町のこと。野の宮の旧跡地。
[二] 謡曲。三番目物。各流。作者未詳。「源氏物語」に取材したもの。旅僧が嵯峨野の野の宮を訪れると、里の女が現われ、昔、光源氏が野の宮に六条御息所を訪れたのが九月七日なので毎年この日に御神事を行なうと語り、自分がその御息所だとあかして消える。その夜の僧の回向に御息所が網代車に乗って現われ、賀茂の祭に葵の上と車争いした妄執を晴らしてほしいと頼み、昔をしのんで舞を舞う。

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世界大百科事典内の野宮の言及

【斎院】より

…卜定によって斎院となった女性は宮城内に設けられた初斎院での3年間の潔斎を経て斎院(場所としての)に移る。その場所は一条大路の北方,紫野に所在したため紫野斎院とか略して紫野院と呼ばれ,単に野宮(ののみや)とも称した。今日の京都市上京区の七野(ななの)神社がその跡という。…

【斎宮】より

…その起源は記紀の伝承に始まるが,制度的な確立は7世紀後半の天武朝のころとされる。斎王は未婚の内親王,あるいは女王のなかから占で定められ,平安朝では雅楽寮,宮内省,主殿寮など宮内の便宜的な場所を初斎院として沐浴斎戒に入り,翌年8月には宮外に新造された野宮(ののみや)に移り,潔斎を重ねる。野宮は洛西に置かれたようで,《源氏物語》賢木巻の舞台ともなる。…

※「野宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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