改訂新版 世界大百科事典 「炭鉱国家管理問題」の意味・わかりやすい解説
炭鉱国家管理問題 (たんこうこっかかんりもんだい)
第2次大戦後の日本で,生産復興をめぐって石炭の増産と炭鉱の経営形態について活発な論議がかわされた問題。1947年5月片山哲内閣が成立すると,社会党の主張する炭鉱の国家管理を石炭増産と結びつけて立法化がすすめられ,9月法案が国会に提出され,12月修正案が成立,臨時石炭鉱業管理法が公布された。おもな修正は事業者の権限強化にあった。同法は炭鉱の経営権にはふれず,臨時に石炭鉱業を政府の管理下におき,石炭の増産を達成することを目的にした。管理機構として商工省石炭庁のもとに札幌,平,宇部,福岡に石炭局をおき,商工省,各石炭局にそれぞれ諮問機関をおき,石炭増産のために指定炭鉱には政府の決定する業務計画の遂行を義務づけ,一般炭鉱には事業計画を作成させ,その実施を監視し,あわせて炭鉱への物資供給を優遇するというもので,実施期間は48年4月1日から3年間とされた。片山内閣は48年2月退陣し,管理機構の整備,指定炭鉱の選定がおくれたが,同年秋には実施段階に入った。49年に入ると石炭生産も順調になり,管理機構はしだいに形式化し,やがてほとんど活動を停止し,同法は実施期間の満了をまたずに50年5月廃止された。なお,この法案が国会に提出されると,石炭業界は猛烈な反対運動をくりひろげ,いわゆる炭管疑獄として知られる国会議員に対する贈収賄事件をひきおこした。
→傾斜生産方式
執筆者:荻野 喜弘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報