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社会党 シャカイトウ

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デジタル大辞泉の解説

しゃかい‐とう〔シヤクワイタウ〕【社会党】

社会主義または社会民主主義を主張する政党。

日本社会党」の略称。
フランスの政党。1969年に左派勢力が結集して成立。1981年の大統領選挙ミッテランが勝利し与党となる。以降、たびたび保守党派とのコアビタシオンで政権を運営。国民運動連合とともに二大政党の一翼をになう。2012年の大統領選挙では、オランドミッテラン以来の勝利を収めた。PS(Parti Socialiste)。

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大辞林 第三版の解説

しゃかいとう【社会党】

社会主義または社会民主主義を綱領としてかかげる政党。
「日本社会党」の略。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

社会党
しゃかいとう

労働者を基盤とし、社会主義を目標に掲げる社会主義政党のこと。より具体的には、社会主義インターナショナルに加盟し、保守主義自由主義の政党とも共産主義政党とも対抗関係にある各国社会民主主義政党のこと。共産党と同じく社会主義を究極目標にしながら、マルクス主義を理論的基礎とせず、議会を通じての漸次的改良と労働者福祉の実現を実際的獲得目標とする。1989年の東欧革命と1991年ソ連解体により、現代の社会主義の主潮流になった。
 ヨーロッパ連合(EU)内では有力な潮流で、多くの国で政権に加わっている。社会主義インターナショナルには、2010年現在五大陸にまたがる160以上の政党・組織が加わっているが、福祉国家を構築してきたヨーロッパ地域が中心である。1889年から5月1日をメーデーとし、1910年から3月8日を国際女性デーとして、国際的統一行動を組織してきた。日本ではかつて日本社会党と民社党が加盟していたが、その後民社党は解散し、日本社会党は1996年(平成8)に社会民主党(社民党)と改称してメンバーにとどまっている。[加藤哲郎]

社会党の歴史

19世紀の後半に、ヨーロッパでは、労働者階級に基盤をもち社会主義を目ざす運動が生まれてくるが、その多くは社会党、労働(者)党、または社会民主党などと名のっていた。
 マルクスの指導でつくられた第一インターナショナル(国際労働者協会、1864~1876)は、ヨーロッパの社会主義結社・個人の最初の統一組織であったが、このころから組織をつくる各国社会主義政党は、それぞれの国での社会主義思想の伝統を継承して、ドイツではラサール主義とマルクス主義、フランスではブランキ主義、プルードン主義やアナルコ・サンジカリズム、イギリスではチャーチズムやギルド社会主義、フェビアン主義、スペインではバクーニン主義、アナーキズム、ロシアではナロードニキ主義などの、さまざまな思想傾向を含んでいた。
 1889年創立の第二インターナショナルは、こうした各国社会主義政党および労働運動組織の緩やかな連合体であったが、レーニンの率いるロシア社会民主労働党(ボリシェビキ)のようなマルクス主義政党ばかりでなく、フランス急進社会党やイギリス労働党のようなマルクス主義の影響力の弱い社会主義政党も入っており、最大の党であるドイツ社会民主党では、マルクス主義の改良主義的、議会主義的修正を唱えるベルンシュタインらの思想も広がっていた。また、自国の農民運動や植民地の解放運動との交流を欠いた、先進国の労働運動が支配的であった。
 1914年の第一次世界大戦勃発(ぼっぱつ)にあたって、ドイツ社会民主党などは自国の帝国主義戦争に賛成する立場をとり、レーニンらはこれを「社会愛国主義、排外主義」と批判して「第二インターナショナルの崩壊」を宣言し、ロシアでの社会主義革命の勝利を背景に、党名を共産党と改称して、共産主義インターナショナル(コミンテルン・第三インターナショナル、1919~1943)を新たに組織していった。後の世界各国共産主義政党の起源は、この第三インターナショナルであり、この時代から、社会党・社会民主党は、共産党・共産主義に対抗するものとして、社会民主主義とよばれるようになった。日本では共産党側からの蔑称(べっしょう)で「シャミン」などとよばれた。
 ヨーロッパの社会党・社会民主主義政党は、第一次世界大戦後の1923年に、社会主義労働者インターナショナルとして国際組織を再建する。ドイツ、オーストリア、イギリス、フランス、スウェーデンなどでは政権に加わるようになり、資本主義の枠内での社会改良、労働者福祉の向上と権利拡大に力を注ぐ。しかし、ソビエト型社会主義を目ざす共産党への対抗意識が強く、ファシズムの台頭に対しては、共産党との統一戦線を拒否し続け、ドイツのナチス政権成立直後に共産党も社会民主党も弾圧、禁止されたように、有効な抵抗を組みえなかった。1940年には社会主義労働者インターナショナルも解散する。
 第二次世界大戦後、ヨーロッパの社会党・社会民主主義政党は、戦後再建期の労働運動高揚を背景に、多くの国で政権につき、一部産業の国有化や労働者福祉拡大に大きな役割を果たす。ソ連に占領された東欧・中欧地域の社会党は、共産党とともに政権に加わったが、スターリンの指導による東欧社会主義のもとでは、社会党は共産党に吸収されるか従属して取るに足らない党になった。西欧では、その後の経済成長のなかで「福祉国家」を定着させ、保守政党との政権交代や連合も頻繁にみられた。1989年の東欧革命、冷戦終結後は、多くの中・東欧諸国やイタリアなど西側諸国で共産主義政党が社会民主主義政党に転換し、社会党、左翼民主党などと名のるようになった。
 国際組織としては、1947年にコミスコ(国際社会主義者会議委員会)として再建され、1951年には社会主義インターナショナルに発展して、今日に至る。EUのヨーロッパ議会などでは、キリスト教民主党系などに対抗し、中道左派勢力としての連携を保っている。社会主義インターナショナルには、アジア、アフリカ、ラテンアメリカなど非ヨーロッパ諸国の党も加わるようになった。[加藤哲郎]

政策と組織

各国社会党は、マルクス主義を理論的基礎とした共産党の場合とは異なり、それぞれの国の社会主義思想・運動の伝統を引き継ぎ、特別の統一した指導理論をもたず、政策や組織のあり方の違いも大きい。しいてあげれば、非マルクス主義的な社会主義、平等主義を共通の思想的特徴とすることができる。核問題や安全保障への態度、外国人労働者への態度などの重要政策問題で各国社会党どうしが対立することもあり、各国党内でもさまざまな対立がある。ただし、議会を通じての漸次的社会改良、国民所得の公正な再分配、労働者福祉や権利拡大による福祉国家と労使協議制度、反戦・軍縮・平和、男女共同参画や環境保護、ソ連型社会主義と共産党独裁の拒否などについては、その濃淡の差はあれ、共通している。
 社会主義インターナショナルでは、1951年のフランクフルト宣言「民主社会主義の目的と任務」で、社会保障・完全雇用・生活水準引上げのための計画経済、左右の独裁排除、を共通の目的に掲げ、1962年のオスロ宣言で福祉国家実現と後進国援助をうたった。1989年のストックホルム宣言では、環境問題や南北問題の解決もうたうようになった。
 冷戦終結後、もともと社会党の強かった北欧諸国では高福祉・高負担の福祉国家が充実し、グローバル化への対応を迫られたイギリス労働党やドイツ社会民主党内では、かつての国有化や労働組合依存は後景に退き、市場経済と福祉国家を両立させる「第三の道」路線が有力になった。「自由・平等・友愛」にかわって「自由・公正・連帯」を掲げる社会党も多く、総じて自由主義に接近し、民主主義の徹底を求めている。
 組織的には、かつての共産党の民主集中制のような統一した原理をもたず、イギリス労働党のように労働組合の団体加盟を認める党、ドイツ社会民主党のように伝統的に地域組織やスポーツ・文化を含む大衆組織を重視しているもの、かつての日本社会党のようにわずか数万の党員だが労組支援で1000万以上の得票を獲得した党など、さまざまである。[加藤哲郎]

社会主義インターナショナルと世界の社会党

1977年(昭和52)11月に社会主義インターナショナルの首脳会議が東京で開かれたが、そこで挨拶(あいさつ)した当時の議長ブラント(ドイツ社会民主党党首)は、「民主社会主義の家族であるわれわれ一同、自由、正義、そして連帯の基本的価値観には固執する必要があります。いかなる形の専制独裁主義も正当化することはできません。これを除いては、社会主義インターナショナルにはとくに拘束性のある教義といったものはありません」と述べた。このことばに示されるように世界の社会党は多様な形で存在し、イデオロギーの幅も大きい。社会主義インターナショナルは3~4年に一度大会を開き、年に2回の評議会を開催する。事務局はロンドンにあり、議長、副議長、事務局長の役職がある。メンバーには、加盟党、諮問党、オブザーバー党、友好団体、連合団体の5種類の資格がある。2010年時点では、加盟党115、諮問党29、オブザーバー党15、友好団体3、連合団体10が社会主義インターナショナルに登録されており、55以上の国・地域で60以上の社会党が政権に加わっている。おもな加盟党は以下のとおり。
ドイツ社会民主党 1863年創立のラサール派全ドイツ労働者協会と、1869年創立のアイゼナハ派社会民主労働者党を前身とし、両者が1875年に合同したドイツ社会主義労働者党が1890年に改称、ワイマール時代および戦後にたびたび政権につき、緑の党との赤緑連合や保守政党との大連立も経験。
オーストリア社会党 1888年労働党として創立、議会の主要勢力でありたびたび政権を担当した。
イギリス労働党 1906年創立、同国二大政党の一つ。労働組合の団体加盟を認め、ブレア政権時に「第三の道」を提唱。
フランス社会党 1879年成立の労働党、1901年成立の急進社会党などを前身とする。1969年に新生社会党結成。1981年ミッテラン政権樹立。
イタリア社会党 1892年創立、1943年プロレタリア統一社会党として再結成。1983年連立政権で首相ポストを獲得したが政界汚職で1994年に解散、中道左派勢力は2007年に民主党を結成した。
スペイン社会労働党 1879年創立、1978年に人民社会党と合併。1982~1996年ゴンサレス政権、2004年政権復帰。
全ギリシア社会主義運動 1974年創立、同国二大政党の一つで、アンドレアス・パパンドレウ党首は2006年から社会主義インターナショナル議長、2009年に首相就任。
スウェーデン社会民主労働者党 1889年創立、1932年以来、ときに下野することはあっても長期に政権を担い福祉国家を樹立。
ノルウェー労働党 1887年創立、同国最大の政党で福祉国家建設。
フィンランド社会民主党 1899年創立、同国主要政党の一つで1995~2007年政権党。
デンマーク社会民主党 1871年創立、同国の指導的政党で1924年以来中断しながらも長期に政権党を経験。
オーストラリア労働党 1891年創立、同国二大政党の一つで2007年から政権党。
ニュージーランド労働党 1916年創立、同国二大政党の一つで1999~2008年政権党。
チリ社会党 1933年創立、1973年クーデター時の政権党。1989年再統一以後中道左派連合政権で与党。
ブラジル民主労働党 1981年創立、2003年から社会主義インター未加盟の労働者党ルーラ大統領を支える連立与党。
イスラエル労働党 1968年創立、パレスチナとの共存・融和を掲げる中道左派政党で2009年時点では政権与党。[加藤哲郎]
『ドナルド・サスーン編、細井雅夫・富山栄子訳『現代ヨーロッパの社会民主主義――自己改革と政権党への道』(1999・日本経済評論社) ▽山口二郎・宮本太郎・小川有美編『市民社会民主主義への挑戦――ポスト「第三の道」のヨーロッパ政治』(2005・日本経済評論社) ▽原彬久著『戦後史のなかの日本社会党』(中公新書)』

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