日本歴史地名大系 「為真村」の解説 為真村ためざにむら 岐阜県:郡上郡白鳥町為真村[現在地名]白鳥町為真大島(おおしま)村の北、長良川の支流牛道(うしみち)川が長良川に合流する合流点北一帯の平野に集落がある。為実村とも書き、ためざねとも称した。村名は中世の山田(やまだ)庄馬庭(ばんば)郷内為真名に由来。正和六年(一三一七)正月七日の平宗常譲状ならびに嘉暦三年(一三二八)の安堵外題(宮内庁書陵部蔵)に「山田庄馬庭郷内為真名」とみえ、同名は平宗常から同金熊女に譲与され、鎌倉幕府から安堵の外題を得た。明応七年(一四九八)一〇月一三日の白鳥社祭田注文(宝幢坊文書)に「為真」に二段の祭田がみえる。永禄二年(一五五九)東常慶の子常尭が逃亡していた飛騨から出張して、一時当村飯盛(いいもり)山に布陣したが、遠藤氏に攻められ追返された(「遠藤家御先祖書」慈恩寺蔵)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by