焼出御厨(読み)やきでのみくりや

日本歴史地名大系 「焼出御厨」の解説

焼出御厨
やきでのみくりや

[現在地名]津市藤方 八木田

藤方ふじかた地内の海岸堤防背後の湿地帯にあった神宮領荘園。現在八木田やきでという小字の地に比定される。「神鳳鈔一志郡には「外宮焼出御厨五斗」とあるが、「外宮神領目録」に「焼出御厨塩九斗内 六月三斗九月三斗十二月三斗」、また「外宮神領給人引付」(神宮文庫蔵)にもほぼ同様の記載があるように、主として塩を貢進する御厨であった。この御厨の成立は治承五年(一一八一)二月の太神宮司庁出船注文(書陵部蔵壬生文書)のなかにみえるところから、少なくとも平安末期には成立しているものとみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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