デジタル大辞泉 「松風」の意味・読み・例文・類語
まつ‐かぜ【松風】
2 茶の湯で、釜の湯の煮え立つ音。
3 和菓子の一。小麦粉に砂糖を加えて溶き、平たく焼いて、表に砂糖液を塗りケシ粒やゴマを散らしたもの。
[補説]作品名別項。→松風
[類語]風・追い風・順風・向かい風・逆風・横風・朝風・夕風・夜風・
しょう‐ふう【松風】
[類語]風・追い風・順風・向かい風・逆風・横風・朝風・夕風・夜風・
まつかぜ【松風】[曲名・書名]
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日本の芸能・音楽の曲名。在原行平と松風・村雨の伝説に基づくものと,それとは無関係のものとがあり,また,この曲名ではないが,同一素材に基づくもので,松風村雨物と統括されるものもある。
(1)能 三番目物。鬘物(かつらもの)。古作の《汐汲(しおくみ)》を原拠にした観阿弥作の能に,世阿弥が改作の手を加えたもの。シテは海人(あま)松風の霊。旅の僧(ワキ)が須磨の浦を訪れる。月の美しい秋の夜で,2人の若い女の海人(シテ・ツレ)が,月影を乗せた汐汲み車を引きながら,浜辺の夜景をめでて塩屋に帰って来る(〈上歌(あげうた)・下歌(さげうた)・ロンギ〉)。塩屋に泊めてもらった僧が,夕暮れに見た在原行平の古跡の松のことを口にすると,女たちは涙を流し,実は自分たちは行平の愛を受けた松風・村雨という姉妹の海人であると告げる。松風は行平の形見の装束を取り出し,それを抱きしめて恋慕の思いにむせぶ(〈クセ〉)。そのうちに松風は物狂おしいていとなり,形見を身に着けて舞を舞い(〈中ノ舞(ちゆうのまい)〉),行平の名を呼んで松の木にすがりついたりなどするが,僧に弔いを頼んで夜明けとともに消えてゆく(〈ノリ地など〉)。名作として定評のある能で,筋の運びも舞台の動きもわかりやすい上に,しっとりとした味わいがあり,節付けも変化に富んでいておもしろい。中入(なかいり)を設けない作り方は,夢幻能の古い形を残しているものといえよう。
執筆者:横道 万里雄(2)松風村雨物 人形浄瑠璃,歌舞伎狂言,歌舞伎舞踊の一系統。1706年(宝永3)前後に近松門左衛門により人形浄瑠璃《松風村雨束帯鑑(まつかぜむらさめそくたいかがみ)》が作られ,のちの人形浄瑠璃,歌舞伎に大きな影響を与えた。浄瑠璃では,文耕堂,竹田正蔵,三好松洛合作《行平磯馴松(ゆきひらそなれのまつ)》(1738年1月大坂竹本座),また浅田一鳥ら合作《倭仮名在原系図(やまとがなありわらけいず)》(1752年12月大坂豊竹座)があり,その四段目の切《蘭平物狂(らんぺいものぐるい)》は歌舞伎化され,様式的な美しい立廻りの演出をもって名高い。歌舞伎では,1700年(元禄13)京の坂田藤十郎座上演の《松風》や03年4月江戸森田座の《成田山分身不動(なりたさんふんじんふどう)》をはじめ多く脚色されたが,ことに松風の〈汐汲(しおくみ)〉の部分は舞踊劇のなかで発展した。まず《松似候男姿(まつににてそろおとこすがた)》(常磐津。壕越二三治作,1757年1月江戸市村座)以後,《徒髪恋曲者(いたずらがみこいはくせもの)》(富本,通称《松風》。1796年11月江戸桐座。松井由輔作詞,名見崎喜惣治作曲),《浜松風恋歌(はままつかぜこいのよみうた)》(長唄,通称《浜松風》。1808年8月江戸中村座。2世瀬川如皐作詞,9代杵屋六左衛門作曲),《今様須磨の写絵(いまようすまのうつしえ)》(清元,通称《須磨》。1815年5月中村座。2世桜田治助作詞,初世清元斎兵衛作曲),《汐汲》(長唄。1811年3月市村座)などが作られた。
執筆者:菊池 明(3)地歌・箏曲 地歌に2種,山田流箏曲に1種あるが,後者は,松風村雨伝説とは無関係。(a)地歌《古松風》 佐渡島伝八の作詞,岸野次郎三郎の作曲と伝えられる。本来は芝居歌か。現在では三下り端歌物とされる。(1)のクセ以降をとったものであるが,途中に独自の物狂いの詞章がある。宝暦期(1751-64)の江戸長唄にも取り入れられるが,本来こうした松風村雨物の芝居歌は,この曲以外にも同趣のものがさまざまあって,《落葉集》などに収録されている。箏の手は,菊原琴治が手付けしたものがあったが,その門下の菊県琴松が三味線の手のみ伝えた。(b)地歌《新松風》 (a)の物狂いの部分を,能とほぼ同じものに改め,全体を二上りとした端歌物。名古屋で伝承されていたものに,京都で平調子の替手風の箏の手を付けたもの。現在では,この曲しか行わないので,これを単に《松風》と称する。(c)山田流箏曲 初世中能島松声(三味線),3世山木千賀(箏)の作曲。長瀬勝男都(まさおいち)の協力があったといわれる。奥歌曲。宇和島藩伊達家の姫君が,島原藩松平家に嫁したが,夫がすぐに病没したため,これを慰めるために,箏商重元に〈松風〉という銘の箏を作らせ,それにちなむ詞章を作って,伊達家出入りの山木に作曲を依頼したもの。作詞者は姫君自身ともいう。箏の手法づくしがよみこまれ,合の手は地歌の手事風。追善曲としてよく演奏される。なお,箏には,《集古十種》に載る姫路家蔵の楽箏をはじめ,〈松風〉という名の銘器が多い。
執筆者:平野 健次
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
能の曲目。三番目物。五流現行曲。田楽(でんがく)の喜阿弥(きあみ)の『汐汲(しおくみ)』を観阿弥(かんあみ)が翻案し、世阿弥(ぜあみ)がさらに改作した能。春の『熊野(ゆや)』に対する秋の名作として「熊野・松風に米の飯」と親しまれ、飽きることのない名曲として並称される。須磨(すま)の浦に由緒ありげな松を見た旅の僧(ワキ)は、里人(アイ狂言)から、それが流謫(るたく)の貴公子、在原行平(ありわらのゆきひら)に愛された海人乙女(あまおとめ)の姉妹、松風・村雨(むらさめ)の旧跡であることを聞く。僧が弔ううちに日が暮れ、海人の塩屋に宿を借りようと主(あるじ)を待つ。2人の海人乙女(シテとツレ)が秋の月の光の下に現れ、2人は身の上を嘆きながらも名所の汐(しお)を汲(く)む風雅を喜びつつ、汐汲車を引いて塩屋に帰ってくる。僧は宿を借り、磯辺(いそベ)の松の話に涙する2人が、松風・村雨の亡霊であることを知る。行平との愛の日々を語り、形見の装束を身に着けた松風は、恋の狂乱を舞い、回向(えこう)を頼むが、夜明けとともに僧の耳には松風の音ばかりが残って終わる。世阿弥が「事多き能」といっているように、起伏に富んだ大作で、前半の詩の世界、後半の慕情との対比がみごとである。
[増田正造]
能『松風』、御伽草子(おとぎぞうし)『松風村雨』に扱われた、在原行平をめぐる松風・村雨姉妹の伝説を脚色した浄瑠璃(じょうるり)、歌舞伎(かぶき)、音曲(おんぎょく)の一系統。人形浄瑠璃では近松門左衛門作『松風村雨束帯鑑(そくたいかがみ)』(1706ころ)をはじめ文耕堂(ぶんこうどう)・三好松洛(みよししょうらく)ら作『行平磯馴松(そなれのまつ)』(1738)、浅田一鳥(いっちょう)ら作『倭仮名(やまとがな)在原系図』(1752)などがあり、歌舞伎でも坂田藤十郎座初演の『松風』(1700)はじめ多くの作が生まれたが、ことに松風の汐汲のくだりは舞踊および歌曲として発達した。有名なものに長唄(ながうた)の『浜松風恋歌(はままつかぜこいのよみうた)』(1808)、『汐汲』(1811)、清元の『今様須磨(いまようすま)の写絵(うつしえ)』(1815)などがある。なお、箏曲(そうきょく)でも生田(いくた)・山田の各流に作曲されている。
[松井俊諭]
京生(なま)菓子の一つで天火菓子の一種。味噌(みそ)松風とも紫野(むらさきの)味噌松風(しょうふう)ともいう。1643年(寛永20)に70歳で没した京都・紫野大徳寺の156世住職江月和尚(こうげつおしょう)の創作した名菓で、きんとんづくりでも高名な松屋常磐(ときわ)をはじめ、亀屋陸奥(かめやむつ)、松屋藤兵衛(とうべい)などの名舗(めいほ)が今日につくり伝えてきた。松屋常磐の仕方帳には、「御糀(おんこうじ)味噌仕立て、うどん粉に上は黒ごま」とあり、京風白みそと小麦粉に砂糖を加えて練り、黒ごまを上に散らし、天火で焼く。亀屋陸奥はケシ粒、松屋藤兵衛は白ごまと大徳寺納豆を散らすが、焼き上がりはいずれも裏面が寂しい。うらさびしを浦寂しとしゃれ、鳴るは松風のみというのが菓名の由来である。
[沢 史生]
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字通「松」の項目を見る。
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出典 日外アソシエーツ「動植物名よみかた辞典 普及版」動植物名よみかた辞典 普及版について 情報
…《古今集》巻十八には〈事にあたりて〉須磨に蟄居した時の作〈わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつつわぶと答へよ〉があり,《源氏物語》の〈須磨〉の巻はこれに拠ったとも言われる。また,この歌にちなむ謡曲《松風》は須磨を舞台として,行平ゆかりの松を配し,生前の彼に愛されたという海女松風・村雨の霊が登場する作品である。《古今集》巻八に〈立別れ因幡の山の峯に生ふる松とし聞かば今帰りこむ〉があり,この歌は百人一首にも採られている。…
※「松風」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」