熊田恰(読み)くまだ あたか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「熊田恰」の解説

熊田恰 くまだ-あたか

1825-1868 幕末武士
文政8年1月20日生まれ。備中(びっちゅう)(岡山県)松山藩士。番頭(ばんがしら)をへて執政となる。慶応4年鳥羽・伏見戦いに敗れ藩兵150名余をひきいて備中玉島に帰着するが,朝敵として岡山藩兵にかこまれ,松山藩の恭順あかしに同年1月22日自刃(じじん)した。44歳。名は矩芳(のりよし)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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