熱田文庫跡(読み)あつたぶんこあと

日本歴史地名大系 「熱田文庫跡」の解説

熱田文庫跡
あつたぶんこあと

[現在地名]熱田区中瀬町

御文庫・熱田学校ともいう。古来、熱田社にあった文庫(ふみぐら)とは別。熱田社ではこの熱田文庫開設前、大宮司家の書院で日を定めて(一、六の日)和漢の講義を行っており、享保一五年(一七三〇)に熱田学校が開設されたとも、祝師田島氏の控地に勧学所があったともいうが、詳細は不詳。

天明二年(一七八二)大瀬子(おおせこ)町の半左衛門が熱田文庫を建設し、その修復料として田地一反を寄付したいと願い出、寛政三年(一七九一)にも大宮司から文庫建設願を出願したが、天保一三年(一八四二)まで藩の許可が下りなかった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む