コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

燕栗園千寿 えんりつえん ちほぎ

美術人名辞典の解説

燕栗園千寿

江戸後期の書肆・狂歌作者。武蔵八幡の人。別号を石樹・栗園。江戸両国文会堂の養子となり、山田佐助と改める。燕栗園千穎の後を嗣いで、狂歌師として活動した。また版元として出版事業にも携わった。安政5年(1858)歿、55才。

出典|(株)思文閣美術人名辞典について | 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

燕栗園千寿 ささぐりえん-ちほぎ

1804-1858 江戸時代後期の狂歌師。
文化元年生まれ。江戸両国の本屋文会堂の養子となり,出版事業をいとなむ。鹿都部真顔(しかつべの-まがお)にまなび,2代燕栗園をつぐ。「教訓御代の恩」などの戯作(げさく)もある。安政5年8月17日死去。55歳。武蔵(むさし)児玉郡(埼玉県)出身。姓は久米,のち山田。通称は佐助。別号に石樹。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

燕栗園千寿の関連キーワード千種庵(3代)千種庵(4代)久米千寿

今日のキーワード

姑息

[名・形動]《「姑」はしばらく、「息」は休むの意から》一時の間に合わせにすること。また、そのさま。一時のがれ。その場しのぎ。「姑息な手段をとる」「因循姑息」[補説]近年、「その場だけの間に合わせ」であ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android