爪田ヶ谷村(読み)つめたがやむら

日本歴史地名大系 「爪田ヶ谷村」の解説

爪田ヶ谷村
つめたがやむら

[現在地名]白岡町爪田ヶ谷

姫宮ひめみや堀川流域に位置し、南は下野田しものだ村、西は同村と上野田村。「ツメ」は隅を意味し、「ツマ」の転訛したものとみられる(埼玉県地名誌)。大宮台地慈恩寺じおんじ支台にあり、北・東は開析谷が深く潜入し、溺れ谷を形成している。笠原沼かさはらぬま用水・爪田ヶ谷堀・野牛高岩やぎゆうたかいわ落堀が流れる。百間もんま領のうち(風土記稿)。慶長六年(一六〇一)陸奥仙台伊達氏の鷹場に指定される(貞享元年「久喜鷹場村数覚」伊達家文書)。寛永五年(一六二八)岩槻藩阿部氏の検地があり(風土記稿)、田園簿によれば田高一八石余・畑高四九石余、同藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む