片端町(読み)かたはまち

日本歴史地名大系 「片端町」の解説

片端町
かたはまち

[現在地名]中津市中津 片端町・外馬場そとばば

中津城の南の外堀の南側にある約四町の武家町で、北側が外堀のため、南側のみに上級武士の屋敷が並ぶ。西端は小倉口御門に通じ、その外側は下外馬場から船渡しへと続く。小倉口御門の内側に作事場がある。


片端町
かたはまち

[現在地名]松本市城東じようとう一丁目

松本城総堀の外の町。城外の武家屋敷地帯で、堀の東側のみに屋敷割がされた。「信府統記」に「片端南角ヨリ東町ヘ出ル通リ五拾三間余、家数北ケ輪二軒、外ニ木戸番アリ、南ケ輪二軒、片端 南北二百二拾四間余、家数東ケ輪拾七軒、西ハ堀端通リナリ、同所中程ニ夜番所アリ、北ノ方ニ辻番所、昼夜番人是ヲ守ル、片端北角ヨリ東町ヘ出ル通六拾間余、北ケ輪家数四軒、外ニ木戸番アリ、片端裏堀端四軒屋敷、東ケ輪四拾四間余、西側ニ捨堀アリ」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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