片門村(読み)かたかどむら

日本歴史地名大系 「片門村」の解説

片門村
かたかどむら

[現在地名]会津坂下町片門

只見(ただみ)川が南から東、さらに北を大きく迂回蛇行して北流し、北の対岸船渡(ふなと)村との間に片門渡がある。南の対岸は和泉(いずみ)村、北西は洲走(すばしり)村。南西に離れて重門治原(じゆうもんじはら)分(赤城新田)がある。化政期には本村から天屋(てんや)村・本名(ほんな)村を隔てた西一里八町一〇間に端村軽沢(かるさわ)(現西会津町)があったが(新編会津風土記)、江戸時代末期に独立村となる。村名は越後街道の一方は只見川で、一方のみに民家が並んでいたためという。「塔寺長帳」によれば、文安四年(一四四七)七月二五日、大風により塔寺(とうでら)八幡宮の鳥居が倒れ、翌年会津各地の神社の杉が集められ、一〇月二〇日再建された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む