牛谷村(読み)うしたにむら

日本歴史地名大系 「牛谷村」の解説

牛谷村
うしたにむら

[現在地名]高砂市北浜町牛谷(きたはまちよううしたに)

天(あま)川を隔てて西阿弥陀(にしあみだ)村の南西に位置し、日笠山(ひかさやま)丘陵の北部山麓に立地する。印南(いなみ)郡に属した。天正一六年(一五八八)一二月二五日の伊保庄指出案(曾根文書)に牛谷村分として二二石九斗二升とある。慶長国絵図には牛谷とみえる。江戸時代を通じて姫路藩領。正保郷帳では田方三八四石余・畑方一九石余。明和八年(一七七一)の村明細帳(高砂市蔵)では高四八一石余、小物成として草藁銀二三〇匁・請山運上一〇匁、ほかに塩売札運上として一札につき一匁七分で三〇札計五〇匁一分を上納。扶持馬飼料米二斗七升五合が支給された。人数二九一、百姓請山五ヵ所・藪四ヵ所・郷蔵一ヵ所。用水は天川に取水口のある牛谷井堰。


牛谷村
うしだにむら

[現在地名]北条市牛谷

高縄(たかなわ)山の南西に位置する山村。大河内(おおこうち)・麓(ふもと)・小川谷(こがたに)・高山(こうやま)の村々に接する。

慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の風早(かざはや)郡の項に「牛谷村 芝山有、林少有」とみえ、村高は四〇石四斗八升九合、うち田方三〇石三斗一升、畑方一〇石一斗七升九合とある。江戸時代を通じて村高は同じ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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