日本歴史地名大系 「牛鹿村」の解説 牛鹿村うしろくむら 長野県:北佐久郡立科町牛鹿村[現在地名]立科町牛鹿山部(やまべ)村の北、小県(ちいさがた)郡を隔てる丘陵の東斜面に沿う牛鹿・柳沢(やなぎさわ)・外倉(とぐら)・五輪久保(ごりんくぼ)・虎御前(とらごぜん)の集落よりなる。牛鹿は、明治一四年(一八八一)の村内取調べで牛六・牛録とも書かれるが、丑(西北方)六供(ろつく)が本義と考えられる。東隣の蟹原(かにはら)に別府があったと伝えることから、奈良時代から平安時代にかけて栄えた滋野氏の勢力下にあったと考えられている。寛文一〇年(一六七〇)の領内村々検地高并諸浮役帳(与良清氏蔵)に本田高八一石余、新田高三〇〇石余の村と記される。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報