日本歴史地名大系 「牧口八幡社」の解説 牧口八幡社まきぐちはちまんしや 大分県:玖珠郡九重町粟野村牧口八幡社[現在地名]九重町粟野粟野の井手(あわののいで)、万年(はね)山東麓に鎮座。祭神は誉田別尊・比売神・大帯姫神など六柱。旧村社。建保四年(一二一六)粟野牧口に鎌倉鶴岡八幡宮の分霊を祀ったのが始まりという。永徳三年(一三八三)麻生氏貞が社殿を修築したが、嘉慶元年(一三八七)玖珠川の大洪水で牧口は流失、翌二年現在地に社殿を造営した。文安三年(一四四六)阿蘇大宮司宇治惟忠が当社を修理。文明四年(一四七二)四月二八日に山田(やまだ)郷安永(やすなが)名に牧口八幡大菩薩神殿一宇を造営しているが、棟札銘によると大檀那は惟忠、大願主は宇治朝臣惟歳、政所大神兼義、大工藤原兼従、神主小野種村などとある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by