牧野忠雅(読み)まきの ただまさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「牧野忠雅」の解説

牧野忠雅 まきの-ただまさ

1799-1858 江戸時代後期の大名
寛政11年11月16日生まれ。牧野忠精(ただきよ)の4男。天保(てんぽう)2年越後(えちご)(新潟県)長岡藩主牧野家10代となる。奏者番,寺社奉行,京都所司代をへて,14年老中となり,ペリー来航など多事のとき老中首座阿部正弘(まさひろ)をたすけて海防,外交の任にあたった。安政5年8月23日死去。60歳。通称は鉄蔵。備前守(びぜんのかみ)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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