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海防 カイボウ

世界大百科事典 第2版の解説

かいぼう【海防】

18世紀後半以降の欧米列強の東アジア進出に直面して,日本でも海岸の防備がはかられた。ロシアの千島進出による蝦夷地問題を契機に,林子平本多利明工藤平助らが,蝦夷地開発とともに海防の必要性を説いた。とくに,1792年(寛政4),ロシア使節ラクスマンが根室に渡来して通商を求め,江戸回航を主張するに及んで老中松平定信は,長崎以外に海防体制のない欠陥を痛感し,北国郡代設置による北方防備を構想するとともに,みずから伊豆,相模を巡検して江戸湾防備体制の構築を練った。

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大辞林 第三版の解説

かいぼう【海防】

海上からの外国の侵略に対する防衛。海のまもり。

ハイフォン【海防】

ベトナム北東部、トンキン湾に臨む港湾都市。ハノイの外港、海軍基地を兼ねる。石炭・米の輸出が盛ん。 〔「海防」とも当てた〕

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世界大百科事典内の海防の言及

【上総国】より

…1863年(文久3)片貝村を根拠とした楠音次郎を主領とする一味は赤心報国と万民の困窮を救うと呼号したが,現実には暴徒として翌年一宮藩兵等により鎮圧された。寛政ころから近海にたびたび外国船が出没し,江戸防衛のため沿岸警備が重要問題となった(海防)。1792年(寛政4)老中松平定信はみずから房総豆相の海岸を巡視しており,1841年(天保12)伊豆韮山代官江川英竜等が上総,安房,相模,伊豆を巡視し,42年には今治藩に房総海岸の警備を命じ,47年(弘化4)には会津・忍2藩に上総・安房沿岸警備を命じている。…

【佐久間象山】より

…儒学を学び朱子学を信奉する。1833年(天保4)江戸に遊学,39年江戸に再遊し塾を開くが,アヘン戦争(1840‐42)の衝撃をうけて対外的危機に目覚め,以後〈海防〉に専心する。直ちに江川太郎左衛門(坦庵)に入門して西洋砲術を学び,やがてみずからオランダ語を始めて西洋砲術の塾を開く。…

※「海防」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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