狸岩古墳群(読み)たぬきいわこふんぐん

日本歴史地名大系 「狸岩古墳群」の解説

狸岩古墳群
たぬきいわこふんぐん

[現在地名]南国市明見 狸岩

標高一〇七メートルの高天ヶ原(たかまがはら)山に続く山稜が東に下るが、その北側斜面を狸岩とよび、同所にある三基からなる後期の古墳群である。一号墳と二号墳は古く明見鬼(みようけんおに)ヶ岩東(いわひがし)古墳・同西古墳とよばれていたが、鬼ヶ岩の地名が誤称であるとの地元の古老たちの指摘で狸岩古墳群と改称された。

一号墳・二号墳は昭和二年(一九二七)開墾中に発見され、その時消滅した。ともに横穴式石室をもち、一号墳からは須恵器、二号墳からは須恵器・直刀が出土している。三号墳は同三八年に発見されたが、墳丘はすでに削平され、羨道も除去され、長さ三・三メートルの横穴式石室のみが残っていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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