猪目浦(読み)いのめうら

日本歴史地名大系 「猪目浦」の解説

猪目浦
いのめうら

[現在地名]平田市猪目町

唐川からかわ村の北西、北流する猪目川の流域を占め、西は神門かんど鵜峠うど(現大社町)。北は日本海(十六島湾)に面する浦方であった。天正年間(一五七三―九二)頃の記録とされる出雲杵築大社古今覚(千家家文書)には杵築大社(出雲大社)領一二郷七浦の一として「井呑浦」とみえる。文禄(一五九二―九六)末年から慶長(一五九六―一六一五)初年頃と推定される毛利氏奉行国司元武の書状(北島家文書)に「猪目浦」とあり、杵築大社北島氏に対して、当浦の者がみだりに宮山に入り松木を盗伐することを取締るよう命じている。近世前期までは出東しゆつとう(出雲郡)に属していたが、寛文年中(一六六一―七三)以降は楯縫たてぬい郡の内であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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