玄藩尾城〈内中尾山城〉跡(読み)げんばおじょう〈うちなかおやまじょう〉あと

国指定史跡ガイド の解説

げんばおじょう〈うちなかおやまじょう〉あと【玄藩尾城〈内中尾山城〉跡】


福井県敦賀市刀根、滋賀県長浜市余呉町にまたがって所在する城跡賤ケ岳の合戦のおり、柴田勝家の本陣が構えられた城として知られる。福井・滋賀県境、標高459mの柳ケ瀬山(内中尾山)山上にあり、北国街道を見下ろし、刀根(とね)越を守る要衝に位置する。この城は、1582~83年(天正10~11)の限定された時期の城郭遺構であることから、中世から近世への過渡期にあたる城郭築城術を探るうえで重要とされ、1999年(平成11)に国の史跡に指定。遺構は山上の主郭を中心に、南北方向に連結された6つの郭(くるわ)と、東西の張出郭・腰郭からなり、その規模はおよそ、東西150m、南北250mの範囲にわたる。虎口は南、東、北の3ヵ所設けられ、6つの郭はすべて土塁囲みで、主要部を空堀と土塁で2重に囲んでいる。現在、雑木下草が綺麗に刈り取られ、土塁や空堀などの遺構を見ることができる。JR北陸本線木ノ本駅からコミュニティバス「柳ヶ瀬バス停」下車、柳ヶ瀬登山口から徒歩約1時間半。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報

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