玉野井村(読み)たまのいむら

日本歴史地名大系 「玉野井村」の解説

玉野井村
たまのいむら

[現在地名]木曾川たま

木曾川の東岸にあり、北は里小牧さとこまき村に接する。「尾張志」に「古歌によみし玉の井の里にて古き名処也。(中略)元暦元年六月十六日の記に玉井四郎助重とあるは、ここの人也。枝村を堤屋敷といふ」とある。「吾妻鏡」には、この年の九月二〇条に「尾張国有玉井四郎助重云者、本自為猛悪、令諸人愁之由謳歌、近日殊又有違勅之科云々、今日被仰助重云、違背綸命之上者不日域、依緒関東鎌倉、早可逐電云々」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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