理子女王(読み)さとこじょおう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「理子女王」の解説

理子女王 さとこじょおう

1691-1710 江戸時代中期,徳川吉宗正室
元禄(げんろく)4年8月17日生まれ。伏見宮貞致(さだゆき)親王の第4王女。宝永3年紀伊(きい)和歌山藩主徳川吉宗(のち8代将軍)と結婚。宝永7年6月4日流産後の病のため死去。20歳。幼称は真宮(さなのみや)。法号寛徳院

理子女王 まさこじょおう

さとこじょおう

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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