生目村(読み)いきめむら

日本歴史地名大系 「生目村」の解説

生目村
いきめむら

[現在地名]宮崎市生目・生目台東いきめだいひがし生目台西いきめだいにし大塚台東おおつかだいひがし大塚台西おおつかだいにし

大塚村の西に位置し、西は細江ほそえ村。村内の生目神社から北へ向かう往還道は神社参詣者で賑わい、生目神社往還とよばれた(日向地誌)。元応二年(一三二〇)一〇月一〇日の某置文案(「伺事記録」裏文書)によれば、浮田うきた小松こまつ方が奈良興福寺東北院覚深に永代にわたって譲与する代りに、「いくめかた」での本所公家からの訴訟に対してはともに裁判をたたかって煩いなく継承されるように契約された。これより前の正応四年(一二九一)二月一七日、宇佐公通の娘清水谷禅尼は浮田庄半分を鷹司姫御前に、残りの半分を興福寺公寿に譲与している(「清水谷禅尼置文案」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む