生神村(読み)うるかみむら

日本歴史地名大系 「生神村」の解説

生神村
うるかみむら

[現在地名]富来町生神

牛下(うしおろし)村の北、日本海の岩石海岸に沿う村で、集落は切立った海岸段丘の崖下にある。産神とも書き、「うぶかみ」が訛ったものといい、鎮守の生神社は安産の神として信仰される。正保郷帳の高九九石余、田四町二反余・畑二町四反余、免四ツ三歩三厘。寛文一〇年(一六七〇)の村御印には高一〇四石、免五ツ、小物成は山役五六匁・苦竹役五六匁、鳥役二匁(出来)・猟舟櫂役四〇目(うち出来一〇匁)・外海船櫂役一四匁(出来)とある(三箇国高物成帳)。天保年間(一八三〇―四四)の村明細では高七二石余に減少、家数一三・人数八七、馬一、稼はばい木・磯猟・野菜。当地から南の福浦(ふくら)村にかけて「黒のり」を産した(能登志徴)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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