田中五呂八(読み)タナカ ゴロハチ

20世紀日本人名事典 「田中五呂八」の解説

田中 五呂八
タナカ ゴロハチ

大正・昭和期の川柳作家



生年
明治28(1895)年9月20日

没年
昭和12(1937)年2月10日

出生地
北海道釧路市

本名
田中 次俊

学歴〔年〕
札幌農科大学林業専門科〔大正7年〕中退

経歴
明治公債会社旭川支店を経て、小樽新聞社に入社。「大正川柳」誌に投句を続け、大正12年小樽で「氷原」を創刊。“新興川柳”と名づけ、伝統的な「うがち」「こっけい」「からみ」を否定、近代的な短詩型文学への脱皮を提唱した。15年以後五呂八らの純芸派に対し、鶴彬らプロレタリア派が分派して対立、昭和初期にかけて論争を展開したが、ファシズム台頭大正デモクラシー退潮で新興川柳運動も下火となり、6年休刊した。11年に再刊評論に「新興川柳論」がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「田中五呂八」の解説

田中五呂八 たなか-ごろはち

1895-1937 大正-昭和時代前期の川柳作家。
明治28年9月20日生まれ。小樽(おたる)新聞社に勤務。井上剣花坊(けんかぼう)の「大正川柳」に投句。大正12年川柳誌「氷原」を創刊,近代的川柳の確立をとなえ,新興川柳の祖といわれた。昭和12年2月10日死去。43歳。北海道出身。東北帝大農科大学(現北大)中退。本名は次俊。著作に「新興川柳論」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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