田中守平(読み)タナカ モリヘイ

20世紀日本人名事典 「田中守平」の解説

田中 守平
タナカ モリヘイ

明治〜昭和期の宗教家 太霊道教祖。



生年
明治17(1884)年9月8日

没年
昭和3(1928)年12月7日

出生地
岐阜県恵那郡武並村

経歴
小学校教師・大蔵省印刷局・内閣統計局などに勤務しながら国粋主義思想を鼓吹。日露戦争前の明治36年、桜田門にて明治天皇開戦直訴したために不敬罪で逮捕されたが、精神病と見なされて釈放郷里に帰された。そこで4ヶ月間蟄居する間に山中で断食修行をし、霊能力を得たとされる。名古屋で国粋主義的政治結社を設立し逮捕・釈放されたのを経て43年に「太霊道真典」を著し、宇宙の本源・神格である太霊を説いた。さらに44年には中国に渡って大陸浪人たちと交流し、帰国後宇宙霊学寮を開いて宗教活動を開始、大正5年には太霊道本院に改称。霊子と呼ばれる生命の実体を働かせることにより病気や悪癖を正すことができるなどと唱え、国粋主義と西洋的心霊主義に基づく宗教観として注目されたが、昭和3年の田中の死によって急速に衰退した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「田中守平」の解説

田中守平 たなか-もりへい

1884-1928 明治-大正時代の宗教家。
明治17年9月8日生まれ。36年桜田門で明治天皇にロシアとの開戦を直訴,逮捕されるが,精神病者として郷里岐阜県にかえされる。その後山中での断食修行をとおして霊能力をえたとして,太霊道をひらいた。教典に「太霊道真典」。昭和3年12月7日死去。45歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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