田井兵庫庄(読み)たいひようごのしよう

日本歴史地名大系 「田井兵庫庄」の解説

田井兵庫庄
たいひようごのしよう

吾妻鏡」建久三年(一一九二)一二月一四日条に「是平家没官領内(中略)大和国田井、兵庫庄(中略)已上廿ケ所、先日被奉譲黄門室家将軍家御妹也」とあり、田井庄・兵庫庄は当初平家の所領で、平家滅亡後没官領となり、黄門(一条能保)室の所領となったが、その死後能保の後妻(源頼朝妹)に譲渡された。その後の伝領は明らかでないが、欠年の条々書(春日神社文書)に「田井兵庫庄社家中、東方御神供並本談義屋講問料所之内」とあるので、春日社領となったことがうかがえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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