田原天皇社(読み)たわらてんのうしや

日本歴史地名大系 「田原天皇社」の解説

田原天皇社
たわらてんのうしや

現在は大宮神社に合祀されるが、古くは山滝さんりゆう寺の北、大宮神社西側の山麓に祀られていたといわれ、社壇の跡らしきものが残る。祭神の田原天皇は光仁天皇の父施基皇子(天智天皇第七子)諡号で、春日宮天皇とも称せられる。田原郷荒木に隠棲し霊亀二年(七一六)にこの地で没したという伝えがあり、その折皇子の第二子湯原王が死去の地に岩代いわしろ大明神を建てて霊を弔ったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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